やりたいことがわからないあアナタへ。やりたいことの見つけ方

心の整え方

セッションのテーマで「やりたいことがわかりません」って言われることがあるんですよね。

「やりたいことがわからないんだけど、なんかやりたいです「って言われたら、「とりあえず何でもやればいいじゃないの?」っていうド正論を吐きたくなるんですが、ね、そうはいかないのが人間ですから。

↓↓↓動画

やりたいことがわからないアナタへ。原因と対策。

今でこそ「私もやりたいこおはコレ!」って言えますけど、仕事とか、「自分のやるべきことはこれだ」「これしか私はやらない!」みたいな好きなことやってる感覚的にわからなかったときとかあったんですよね。

昔、鍼灸院に来てた人に、「何か好きなこととか、趣味とかって何かありますか?」みたいな世間話で振ってみたら、無趣味な人の方が大半だったんですよね。

だいたい来院のボリュームゾーンは30代とか40代とか、働き盛り世代みたいな人。

「テレビ見てゴロゴロしてます〜」みたいな感じで、「めっちゃテレビを見るのが好きだよ!」という熱量はないですよね。

「毎週○○の番組が楽しくて〜!」とかって、喋ってくれれば、それはそれで好きなことなんですよね。

でも、取り敢えずテレビをつけてぼんやり見てるだけ。

そしてらセッションのお話してくれた人がやりたいことがわからない理由が何か?というと、ついつい正解を求めてしまう癖がある人がいます。

だから「これをやっていいのかな」「大丈夫かな」っていうのが不安になってしまうんです。

正解を求めてしまう

それ自分もすごい思って、いいところがあって、うん。

私理学療法士で学生さんがクリニックに実施したときに、これ合ってるんですか、これ間違ってるんですけどどうですかみたいなんっていうんですけど、もう知らんがな!だなみたいな紐付けて、ただ失敗の評価じゃないですか、いわゆるこれが効かなかったんだとかこれが患者さんに合わなかったんだっていうのも大事な情報だから、仮説を立てて、これができる、これが効果的であろうっていうことをやってみてその結果どうだったかっていうのを自分に肥やしにしたらいいんじゃないのって、あんまりそこに縛られてもいけないんじゃないっていうんですけど、それに縛られてやっぱりこれは合ってますか。
間違ってますかどうですかっていう、スパイラルから抜けず自分を責め、結局結果には結びつかず、評価は上がらず先輩たちからは、これ発言って言われちゃうような感じになっちゃうつらいっていうのがあって正解を求められて難しい反面、うん。

可能性もやっぱり広がるし、既存の今の言い訳が合ってると限らないじゃないですか都度、逆転してくるかもわからないが、その正解を求めるのはすごい苦しいなっていうのは私も前々から思ってて。
うん。

その自分で探求していくっていうのだったら多分いいのかなと思うけど、やっぱり人にANSERを求めちゃうっていうのは、ちょっとつらいのかなっていうのはあって、なんかやっぱりその先に正しいのか間違ってるのかっていう、どうなんだっていう、何かジャッジって言ったりとかもするんですけど、ある程度は医学って、正しいかどうか、っていうのは問われるジャンルではあるのでそういうところは大いに正しいかどうかっていうのを追求していっていった方が、あの自分が本当にやってることってこれで治療効果が出るのかなとか、治療効果が出なかったら、それ何か間違ったことをやったわけなのでそれをその治療効果が上がるような最適解はなんだろうかっていうのを求めていくっていうのは、必要なんだけど、それが趣味とか遊びとか、自分がやりたいことです仕事のやるべきことはやっぱり正解だと思うんだけど目的意識がどこに置いているかっていうとこですね。
ある意味仕事だとやりやすいじゃないですか。
うん。

私たちは治療だったら相手の主訴を取るっていう明確な目的があってそれに進むっていう、そういう指針があるけれども、うん。

難しいですよね、別になくても死にはしないし。
うん。

ね、趣味か…難しいですね。

やりたいことはすごいこと?

その趣味の趣味なのか、例えばやりたいことっていうのが仕事をね転職するとかでもいいんだけどなんか多分やりたいことはわかりませんっていういろんな人の場合、人を見て、さっきの夢があるとか、「私、こんなにやりたいことがあるんです」って夢に向かって邁進してキラキラしてますみたいな人を見ると夢を持ってた方がいいとか、やりたいことがあった方がいいよね、多分周りの人にもハッパかけられるですかね。

なんかやりたいことがあるのかよみたいな、っていう人もいるんでしょうけど、やりたいことで次にないですとか、あの日々の平穏に過ごしてるのはとても幸せです。

言えれば別にいいんじゃないですか。

そうですね。

のんびり散歩するだけでも満たされることだって十分にあるわけですし、そうそうそういうのが自分のやりたいことだって胸を張って言えば、本当にやっぱすごく穏やかな癒しスポットであります。

それがやりたいことです!
でも全然いいんだけど、なんかそういうのも、多分理由はなきゃいけないと思ってる人もいるだろうし、それが本当にその先も好きでやってるかどうか、近所をね、ぶらぶら歩いて日向ぼっこして心地良いなあとこういうのが好きだなって思えるんだったら、その人はそれでも十分にやりたいことやってるわけですね。

やりたいことを潰してる

だから、不感症の話ですけど、やりたいことがわかりませんって人は、ちっちゃいことを日頃やってないのかなって思って、生活習慣とか、ご飯もそうだし、ご飯を食べたいなって思ったときにでもこれ食べたら太っちゃうしなあとか。

みたいな感じで食べたいって思ったのと、どうしようかなって言ってちょっと話したところかなみたいな。

他の服にしてもこの服かわいいなあでもちょっと私には似合わないかなみたいな感じで買わないとか、そういうことで本文日々小さなことのやりたいことっていうのをやらないっていうのをずっと繰り返してると、やりたいことがわかりませんってなっちゃうっていうケースもあるだろうし、殺されちゃったパターンですねちょっとびっくりされちゃうんで、自分で自分を殺してしまったみたいな。

これなんか自分とこに服なんかよくあるんだけれども、かわいい服を見かけたある素敵だなと思って。

でも自分に似合うかな…

っていうので着る前に諦めてしまう。

でも、たとえ自分には似合わないかもしれないけど、でも、着る!試着をしてみるだけしよう!

とりあえずそれが似合うかもしれないでしょう、そうやってみないとわからないし、なんか本当に優れてる試着なんて正しい。

似合わなかったら買わなければいいわけだし。
にあったら買えばいいし、っていうときに、なんかこうあの服かわいいな、着たいな。

でも、どうせ無理だろうなと言って、あの本音を殺すっていうセルフで殺害してるわけです。

わかりやすいです。

っていうようなそういう何かそういう純粋な心の声っていうのを殺しまくっている人はやりたいことがわからないかなあと。

ふうん。
なるほど。

やりたいことはすごいことそのに

私はそうだったからってちょっと思うのもあるんですけど、何か好きなことイコール何か自分にできることみたいに変換してして聞いちゃうときがあって例えば私が例えばすごいただ好きですみたいな、
趣味でやりたいことなんです。

っていうのは正直づらいですよ。

もちろん歌う好きだけど、私自身が別にそんなにないわけでもないしな、なると好きだけどていうことなんですかそれ何ですかって言ったときに、自分、泳ぐことが、その時ハマってて、「水泳が好きなんです」って言って「どのぐらいやります」って答えたときに、「好きなのにそのぐらいしか泳げないの w)って言われたことだってだからどっちかっていうと、自分でできる力と置き換えているとき、なんかやりたいかわからない部分かもしんでるし、でも自分あれ好きなような気がするけどでもそんなのできるわけじゃないしな、みたいな感じで「下手だからやらない」みたいな感じで自分を殺す感はあるのかなって。

「別にいいじゃん、ずっともう泳げなかったって、水にプカプカ浮いてれば別にそれでいいじゃん!」とか思うけど、その人が大爆笑するもんだから、私は「なんで好きなことを言っただけなのにいずれもいただきながらに何か笑われなきゃなんないの!?」みたいなふうに思ったことあったかなっていう。

自分の好きを表現したり、こういうことがやりたいんですって言ったときに思いっきり馬鹿にされてしまった経緯が重いですアンテナですけどそうそう。

そうだからそういう経験、周りを気にしてるというでもやっぱり言ったら笑われちゃうんじゃないかとかなんかそんなこと…っていうのって言われちゃうとかっていうので、傷ついたことが過去にあるとか、これはひっこんがほうがいいのかなあっていうので閉じ込めちゃうとか、っていうこともあるし

お母さんの目を気にしてる

セッションでは見てくれた人は真面目じゃなくって、もう親を気にしてる普通にそしたらよくわかるんですよね。

それでも明確にそれを認識してて、子供の頃に、要するにお母さんのお手伝いをするとか何でもいいんですけど、自分がやることなすことやりたいことこういうことやりたいとしても、何かをやった。
にしても、全部否定されて、経費つけられたと。
だからお母さんが厳しいというか、基準が高くて、どれぐらいできて当たり前だとお前はそれもできないのかと。
みたいな感じで指定されて、どうもやっぱり親に否定されないようなことををした方がいいんじゃないかみたいなその親がいいというか、駄目っていうかっていう価値基準が上になってしまってる。
っていうのが、自分がその先のやりたいことってあるんだけど、これもやりたいことっていうのは正解なのか、正解しないのか、親がいいというのか、言わないのか?みたいなものを無意識でそれを組織してしまって、自分が本当にやりたいことなのかどうかがわからないんでその人よりやってることはあるんだけどもやっぱり理由が認めてたようなことをやってると、だから子供の頃にはもうあれだねこれがねそれが駄目って言われていいって言われた覚えが。
それと言わないから、うん自分がいいっていうその判断基準をを親に渡してもらえなくて、うん。
自分、では選べなくなってしまってる。
っていうのが遅い人の中では、サクッとね自白されたものでうんます。
なんかね、すごく早い段階で気付いてるのかなとは思うんですけども、なんとなくわかってるけどっていうことでね、本人が自覚として現れるって言ったら、うん、だから話すことで気づいたりとか、うん。
ていうこともありますよね。
うん。
そう。
そう。
話聞いてたらすごいやっぱあるんですよね親親の育て方の影響を受けて、親の価値観の影響を受けてて親がいわゆる親にもよるとかけられるので早々でその後の自分の振る舞いとか価値観が採用されちゃうっていうのはある。
でね、あるあるっていう心理学で、フロイト的な解釈、うん。
フロイトって何かトラウマを唱えた人で、過去のできごと、何か心に傷つくような出来ことがあってそれが今何か問題があるとかやりつらさを抱えてるとか、そういう原因があるようっていう考え方があるから、その人が死ぬほどやりたいことがわかんない。

なんでだろうと掘り下げていったら、子供の頃に山田さんに全否定された、されまくった。
っていうことが根っこにあるよね。

っていうそこに原因を求めるっていうそういう解釈をする、親子関係を良くしようとか、うん。
いうのが、ブーム!解釈だから、ブームですから、ね、それって古い時計的な解釈に対して、アドラー的な解釈、スパルタの、そうですね。
切ってやりたいことがわからない理由に親を利用し、してるだけだぞ。
親のせいで私が言いたいことがわからないなっていうふうにしてた方が都合がいいんでしょっていう。

これはさっき患者さんが閉鎖していた。
そういう人もいるでしょうしね。
うん。
もちろん、人のせいにすると本当にそれが原因の人もいればそれをそのせいにしてる人もいるかな。
そうだからそういうのは事実としてあった。
うん。

一時期、影響も受けた。

だからそこに気づくまでがフロイト的な解釈が必要で、そういうことが、そういえばあったよねっていうので気づいてからは、その会社の親の解釈を踏襲する必要はないから、あー本当は自分で好きなようにやっていいんだっていうふうにやって、もうそろそろ行動をしていく。

だからそっから先はもうアドラー的な自分がやりたいんだったら親の影響関係なく好きにやればいいしっていう。解釈ができるんだけど、でも、その人はすごく認識してるんだけどやっぱりやりたいことがわからない。

なんときに、環境が、もしかして、反抗期ってなかったですか。
聞いて、で聞いてみたら、あったんですけど、なんかやっぱ親にやり込まれたというか、反抗失敗。
観光失敗を失敗抑えられて押さえつけられちゃったっていうので、なんかやっぱその学習性無力感とかって言って反抗したんだけど、やっぱり相手が強くて、できなかった。
池野もずっと繰り返してたら、やっぱり抵抗しても無駄だと親に文句を言っても無駄がっていうふうなものを学習してしまって、諦めてしまってるとそれはちょっと私もあったんで、なんかちょっと違うかなんだけど、そうだねって思うだから、そうもういいやって。
だから最初夫と結婚スタートとかでも、なんか自分でわかったんですぐに修正できたんですけどあれに自分の親に反抗するように喋ったりとか、試したりとか、私これ反抗期なんかここでやり直してるのかなって面白いなって。
うん。
だからそこそれがまた失敗の形だったのか。
でも意外に多いんだろうなって、うん、思うんですよね反抗期失敗させきちっとそう。
だから、この人にも、今から反抗期、やり直しましょうっていう話をして大事だと思いますよ。
だから親のせいじゃなかったらなっていう考え方すると、親に反抗しなかったあなたのせいっていう、シビアなチームと言われ思春期の女の子に別れるにはちょっとですねそう。
でも本当に何かうるせえクソばばあ!とバットでぶん殴るとかね、近づいていることですから、そういうふうに言っちゃう人ってのはもう切れて反抗してる一つの形がね、うん。
おすすめしないですけど、それぐらいのレベルで反抗する人は反抗してしまうので、実際に未成年だと、家から飛び出して行ってもどこに行けばいいんだというふうなリアル事情もあるから、おとなしく、そうすると渋々従っていなければならないとか、そういうのはリアルな事情なので、そんな感じでしたでしょう。
うん。
これも原本世に放たれて、大人になって離れて自由に1からあとは、反抗しまくり、小学校の場合はねもう離れてるんだけど、やっぱり何かやろうと思ったときにどうしても頭によぎってしまうようで、だから、やっぱり親に否定されないようなことをやろうとしてしまう。
なんかさっき私の自分の服がわからないんですけどもって私もともとそんなにセンスもほとんどなかったんですけど、自分の母親が割と良いセンスをお持ちだったわけなんです。
うん。
です。
何でそれ何でそれって言ってるから、これをこれを選んだらなんて言われるのだろうってやっぱありますよ式になってこれが選んだら変って言われちゃうかなあとか、今売りづらいけど、前は自分の歌の方が女物って選ぶの得意だから、これをまた受け悪いんじゃないかなみたいなんですけども何か、うん。
付き合いたての頃、クローゼットを全部チェックされてそのための基準ぐらいは駄目だって言わないよね。
一緒かもしれません言われ何してたんやねみたいな。
それをなんか終わるんで、やっぱり何か自分よりも明後日だろうなって思ったら12件を潰されたらやっぱりお願いとか自分の意見文がある種間違ってるっていう方向にやっぱり終わっちゃいますよね。
だからそこから、それをどうやって人生の半分以上、今現在この人がいくつなのかわからないけど、うん。
はい半分ぐらい続けたら、なかなか抜けてるのエネルギー利用になって、うん、ちょっと思っちゃいますね。
そうですよねそう、そう、わからないんだけど、おっしゃった通り、気力とか体力とか言われちゃうみたいな。
そうそう、エネルギーがないと、他のですよ。
人は確かにそれから反抗して何か間もこれやったら絶対否定されるぞっていうことをやったらいいと思いますよ。
やりたいことじゃなくって親に否定されることやろ。
逆にもう本当いいかもしれないそれ本当に観光観光失敗しちゃってるんで、深夜徘徊するとかね、成人してるけど、門限は破ってみると、必ずそこにお子さんいるからね家に帰って子供のご飯作らなきゃそんなこと作らないみたいな。
悪いことしたらいいと配偶者にやり直しを求める人ぐらいですかね。
やっぱり何か代償おいうか、父の代わり母の代わりみたいなので、身近な人は東映っていうのか、投影しちゃうっていうのが、あるんじゃないかなっていうところに、多分値段する異性の親とかだったら異性のパートナーとかってかぶりやすいと思うので、一時期、に夫に母親を投影して保護した時期ありますよ-後半にこうやりましたね、ぶつかり事故?相当離れてるときはそうでもなかったんですよ。
なんですけど同棲しましょうって話になって同棲する瞬間、始めたらもうどっちであれ、これ何かあれって思ってこれなんかやったことある気がする。
またやっちゃった矢部みたいな所が大丈夫だ。
あったんで。
うん。
それが自己開示ができて、旦那さんとかってそれをやり直させてくれるんだったらやったらいいし。
うん。
でも私はちょっと関西の好きなそういうの嫌だなって思って。
うん。
参考の仕方を、当然お世話になった人に伝え方ですよねそれを伝え方をこうしたら、私の反抗も不快にならないし相互理解に繋がる方法を教えてもらってそれを実践して、つまり声だった方なんですけど、でもどのみちやり直しって大事ですよね。
うん。
私もそういうふうにやり直したけど、やはり親に怒られるだろう叱られるであろうことをあえてやるっていうのは、ブレイクスルーにはいいかなって思うんです。
その人がね、その指定マイクですねと笑って否定されないことをしようって今まで使うのも積極的にやればいいんじゃないの言ってOK出すとか出さないとかって関係なく、あなたが好きなことやればいいじゃないですか。
作ってもう、超!親に怒らせることであれば作れるんや、嫌がらせすればいいじゃん。
カラオケをやったと思うんだよね。
でも楽しかったですけどね。
いちばん厳しかったんですよ。
うん。
彼氏ができてから、この高校の時に彼氏ができて、部活がないときは何かいう指示があってこれはやっぱり結構短いんが、でも大学生に入っては私深夜徘徊してる〜!とそれこそさっきめちゃくちゃですね、いけないことをやって良かったじゃないですか。
その方はすごい真面目な方なのかなってすごく相手の心を理解しようと努めるような人なのかなって。
うん。
自分はさておいてしまうのかなってちょっと言ってみたりして、特にやっぱりやるべきことはちゃんとやってるっていう感じじゃないかなっていうのがあって、本当はその人に言わなかったけど、自分がやりたいことがわかりませんっていうときは、やりたいことがあるって言って応援してあげるといい、はい。
皆さんすごい! 高校球児でもいいし、市なんか夢を見ても夢があるんですよ。
そうそうみんながみんな夢を持ってるわけじゃないし、やりたいことがあるわけでもないだろうしなきゃ駄目ってわけでもない。
それこそそういう、こうあるべきもないので、あの人はない人でいて、出ない人って多分応援する人なのかもしれないし、そういう役割があるのかもしれないし、みんなでやりたい!いですって言ったら、サポーターゼロみたいなサポートするのが楽しいと思います。
そうそう、確かに何か自分がやりたいのがわからなかったら誰かを応援するようなポジションの人なのかもしれないので、そういうのをやって、やってるうちにもしかしたらこの人のやりたいことってそういえばっていうふうに気づくことももし、うん。
なんかそういう関係に置いてもいいのかなっていうのは、あったので、それがちょっとヒントになるかな、ここでやりたいことがわからない人ですね、正しいか正しくないかじゃなくて好き嫌いをやろうっていうのと、判断基準かは、親にしなくてもいいですよっていうのと、早期失敗した方はもう1回反抗期やりましょう。
ここ大事だと思いますので、もっと誰か応援してみましょう。
いかがでしょうかね。
欲しいまずは、この音声はこんな感じで入ってます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました